麦酒中心生活者の音楽とサッカー、ときどき競馬

麦酒中心生活者の音楽とサッカー、ときどき競馬

麦酒中心生活者が思いついたことを書き残す 備忘録

【日本のFW列伝】 天才 柳沢敦 引退!!

まずは、お疲れ様でした。
現役生活19年にもなるんですね。

柳沢選手。
非常にわかりにくい魅力があります。

自分的にも頭の中を整理したいので
年表的に追っていきましょう。

柳沢 Jリーグへ!!

富山第一で出場した高校選手権で大活躍。
高校サッカーでは神の領域でした。

その活躍をひっさげ
1996年に鹿島アントラーズへ入団。
1998年には代表デビューを飾ってます。

柳沢選手といえば
シドニー五輪のアジア一次予選の真っ最中に合宿所から抜け出して、

某芸能人と密会していたことがありましたね。

この件はスルーしましょう。

柳沢 代表初ゴール!!

代表の初ゴールは2000年。
カサブランカで行われたジャマイカ戦でした。

長いんでお暇な方は
↓↓

柳沢選手の魅力?として、いの一番に挙げられるのは
「シュートをしない。」

2002年の日韓ワールドカップにも出場しました。
もちろん点は入れてません。

しかし、翌年にはセリエAサンプドリアに移籍しました。

2003年にはモデルだった小畑由香里さんとご結婚。

おもてになるのでしょうが、

モデル 好きっすね。

サンプドリアでも、いつも通り得点を挙げられず、
1年でメッシーナ期限付き移籍

移籍すぐに一点取りますが
その後はノーゴール。

そとあと、鹿島と契約金を折半するなどしてメッシーナに残留しますが
結局2006年3月に鹿島へ復帰します。

鹿島に帰ってきてからは
早速J1開幕戦でハットトリック
しかしその後は怪我をしてしまいます。

柳沢帰国 そして悲劇・・・・

しかし何とか復帰。
ドイツワールドカップの代表メンバーに選ばれます。

悲劇はこの後です。

伝説のクロアチア戦です。

急にボールが来たので、インサイドで蹴れば良かったが、足の外側で蹴ってしまった。」

急にボ−ルが来た・・・・。

これが、後世に語り継がれることになった
QBK
です。

その後の各国の報道が酷い・・・・。
イタリア ガゼッタ紙 「本当にセリエAにいたのか?同姓同名の別人では?」
クロアチア デーリー紙 「日本の13番は有能なFWで助かる」
ドイツ ビルト紙 「柳沢のシュートは芸術品」

カワイソス・・・・。

そして
リネカー
「柳沢は12人目のクロアチアの選手だった」
これはまだ良しとして・・・・

ロッシ
「あの位置からあのボールが枠にいかないシュートは、今後お目にかかることはないだろう」

かわいそ過ぎる!!

2007年からは鹿島でもスタメン落ちが多くなってきます。


柳沢 サンガへ そしてベガルタ

2008年にはサンガへ移籍します。

なぜかココで高校時代のようなキレが戻ってきます。
確変です。

そしてまさかの14ゴール。

Jリーグベストイレブンに選ばれてしまいます。

しかし残念ながら
完全復活とは行きませんでした。

2009年、また怪我に見舞われてしまいます。
半月板の手術。

2010年、サンガがJ2に落ちそうになったところで戦力外。
ちょっと、ココも話題になりましたね(割愛)。

2011年にベガルタにやってきます。

柳沢 2回目の悲劇!!

そして事件はおきます。
これです

8月20日の名古屋戦で無人のゴールにシュートを外すという失態を犯した。試合中にもかかわらずMF角田 から「柳沢を交代させろ」との声が上がった。手倉森監督は「あそこですぐ代えていたらヤナギは立ち直れなく なる」と即時の交代は避けたが、試合後はミックスゾーンに姿を見せられないほどのショックだった。
同30日、 仙台を訪れた横浜FCのカズからは「ナイスシュート」とからかわれた。柳沢は「カズさんが見ていてくれただ けでうれしかった」と発奮した。そのカズらと並び、J1でゴールしたシーズンが歴代2位の通算14年となった。


カズ・・・・・。

しかし問題は、ご本人の柳沢師匠。

師匠はこんな事言われてんのに
なんで喜ぶのだろうか・・・・。

その後はほとんどの試合にベンチメンバーに名を連ねていたと思います。

2014年になってからはほとんど出場してませんでしたが
たまたま(失礼)出場した試合で槙野選手との競り合いで
左足腓骨を骨折・・・・。

しかし11月にリーグ戦初得点し17シーズン連続得点という金字塔を立てました。

そして
12月2日にクラブ側から残留要請をされたのですが、
なんとその場で引退するっていってしまっていたようです。

柳沢の求めていたパフォーマンスとは・・・・

引退の理由として
「数年、葛藤が常にあった。自分が求めるパフォーマンスと、今できるパフォーマンスのギャップが常にあった」
との事です。

自分の求めるパフォーマンス・・・・

以前、柳沢選手は
「点を取るだけがFWではない」
そして
「自分より得点の確率が高い人がいたらパスを選択する」
ともコメントしています。

たぶん柳沢選手の求めているパフォーマンスって
常人では理解できない領域なのかもしれません。
そして、たぶん勝つために必要なパフォーマンスでは無いんだと思います。

はたして柳沢敦というFWはなんだったのでしょうか。

ちなみに今後ですが
「指導者は一つの目標ではあります。いろんな勉強をしないと」
とコメントを出しているようですので
まず、指導者のプログラムに入ってくのでしょう。

最後に
柳沢選手が最高に光っていたゴールです。
素晴らしいゴールです。

ワタクシはこの代表が、今でも1番好きです。

柳沢選手、お疲れ様でした!!!